“居心地を良くしたい”が行き過ぎるとき|過剰ながんばりの正体

職場で居心地をよくするには、ある程度がんばらないといけない。
周囲と仲良くして、協力して、仕事を滞りなく進める。

職場は平日の大半を過ごす場所だ。
家庭より長い時間を過ごすこともある。
だから、できるだけ穏やかに過ごしたい。
余計な摩擦を避けたい。

だから、居心地を良くしたくてがんばっていた。

評価されると期待値が上がる構造

誰よりもがんばって、誰よりも成果を出していると、居心地は良くなる。
周囲の空気もやわらかくなるし、仕事も進めやすい。

がんばっていると居心地が良いだけじゃなく、自分のスキルアップやキャリアアップにもつながる。
一石二鳥だ。

がんばっていると居心地が良いし、成長も実感できる。
だから、私は常に全力で走り続けていた。

ただ、あるとき気づいた。
周囲の期待値が、線形ではなく指数関数的に膨らんでいることに。

成果を出すと評価される。
評価されると期待値が上がる。

この流れは最初はゆるやかで、線形に近い。
「期待されている」ことは、むしろ心地良くも感じる。

でも、期待値の上昇は、線形では終わらない。
期待値の上昇が指数関数的に加速していた。
長い間、誰よりもがんばり続けた結果、気づいたときには、急勾配になっていた。

必死にがんばって達成できたことが、 達成した瞬間から「できて当たり前のこと」になる。
昨日までの自分にとって大きな挑戦だったことが、 今日からは標準装備として扱われる。

期待値が上がると、これまでと同じ働き方では足りなくなる。
前回と同じ成果では満足されない。

昨日のがんばりは、今日の最低ラインになる。
今日のがんばりは、明日の最低ラインになる。

これまでと同じ量のがんばりでは、追いつかない。
必要ながんばりの幅が、指数関数的に広がっていく。。。

“ちょっとくらい不満を持たれてもいい”という選択

居心地を保つためには、ずっと頑張り続けないといけない。
終わりがない。

じゃあ、どうするのか。

がんばること自体は悪くない。
がんばることは、基本的には良いことだと思う。

問題は、“誰にも文句を言わせないレベル”でがんばり続けることだ。
この姿勢が、期待値のインフレを自分で起こしてしまう。
自然体のがんばりなら線形で済むものを、自分で指数関数的に加速させてしまう。

だから、少しだけ力を抜く。
少しだけ「まあこれでいいか」を許す。

ちょっとくらい不満を持たれてもいい。
ちょっとくらい「パフォーマンスが落ちた?」と思われてもいい。

そう思って、自分で加速させるのをやめて、自然体のがんばりに戻してみた。

まわりがどう思っているのかはわからない。
「前ほどの勢いがないな」と感じている人もいるかもしれない。
もしかしたら、少し物足りなく思っている人もいるのかもしれない。

でも、それでもいいと思った。
というのも、別に誰かに迷惑をかけているわけではないからだ。
仕事はちゃんと回っているし、必要なことはきちんとやっている。
ただ、“誰にも文句を言わせないレベル”をやめただけだ。

自然体のがんばりに戻したことで、 期待値のインフレは収まったように感じている。

“がんばりすぎ”の裏側にあったもの

ふりかえってみると、私ががんばりすぎてしまったのは、人間なら誰でも持っていそうな“心理的なクセ”が働いていたからなんじゃないかな、と思っている。

① 認められると、もっとやりたくなる

誰かに認められたり、感謝されたりすると、うれしいし、安心するし、気持ちが軽くなる。

  • 「ありがとう」
  • 「助かったよ」
  • 「すごいね」
  • 「あなたがいてくれてよかった」

こういう言葉をもらうと、また同じようにがんばりたくなる。

これは、人間の心理としてよくあることなんじゃないかと思う。

『がんばる → 認められる → うれしい → もっとがんばる』この流れが、知らないうちにできていた気がする。

② 期待に応えないと不安になる

もうひとつは逆方向の心理。

期待に応えていないと、不安や緊張が生まれる。

  • 迷惑をかけたくない
  • ガッカリさせたくない
  • 評価を落としたくない
  • 「できない人」と思われたくない

こういう気持ちって、誰にでもあると思う。

だから、期待に応えるためにがんばるのは、 自然な反応なんだと思う。

この2つが同時に働くと、人は「もっとがんばる」方向へ進みやすいのではないかと思う。

人によって程度は違うと思うが、私はこの2つが両方とも強かったのかもしれない。

まとめ

居心地を良くしたいからがんばる。

それは、自然なことだと思うが、

「認められるとうれしくて、もっとがんばりたくなる」
「期待に応えないと不安で、つい無理をしてしまう」

こういう気持ちが大きすぎると、つい自分でがんばりを加速してしまうこともある。

だから、私は、少しだけ力を抜くことにした。

それは逃げじゃなくて、“自分のペースを取り戻す”という選択だ。

がんばることをやめたわけじゃない。
がんばり方を整えただけだ。

たぶん、これでいいんだと思う。

続けられる形で、ちゃんと前に進める。
そんながんばり方を選べるようになったことは、自分なりの成長だと思う。

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