最近、着なくなった服や読まなくなった本をメルカリで売りはじめた。
家の中のものが少しずつ減っていくのは、物理的なスッキリ感だけじゃなく、心のスペースも広がるようで心地いい。
そんな中で、「人って合理的じゃないな」と感じる出来事があった。
値下げ交渉でのいざこざ
ある日、出品していた680円の服にコメントがついた。
「500円に値下げしてもらえるなら即決します。専用にしてください。」
早く売りたい気持ちもあったので、値下げ自体はOKだった。
ただ、メルカリの仕様上「専用」にすることはできない。
メルカリのルールでは、特定の人だけが買えるようにロックする“専用機能”は存在しない。
出品者側で、タイトルに「◯◯様専用」としている出品がたまにあるが、あれはあくまで“暗黙のマナー”であって、システム上は誰でも購入できてしまう。
実際、私自身も「◯◯様専用」としていたのに、別の方が購入してしまったことがある。
でもそれは規約違反ではない。
つまり、メルカリの仕様上、特定の人のみが購入できる状態にはできないのだ。
そこで私はこう返した。
「お値下げOKです。専用については、メルカリでは特定の方だけが購入できるようにする機能がないので設定できません。購入できるタイミングでコメントいただければ、その時に500円に変更させていただきますね。」
コメントの返信を待っている間に、別の人からコメントが来た。
「その値段なら私も購入したいです。」
正直、少し困った。
どちらか一方の購入を確約するような約束はできないし、してはいけないと思った。
“〇〇さんを優先します”とコメントで宣言したところで、それは実質的には守れない約束になってしまう。
そのうえで、できるだけ公平でありたいと考え、どうすればいいか悩んだ挙句、
「それでは、14:00になったら価格を500円に変更することにします。」
とコメントした。
ところが、そのあと空気が変わった。
最初にコメントしてきた人が、後からコメントした人に対して攻撃的な言葉を投げ始めたのだ。
「交渉したのは私です」
「横入りしないでください」
そのほかにも、圧をかけるようなニュアンスのコメントが続いた。
私は内心、「そんな言い方しなくてもいいのに」と思ったし、さらに困ってしまった。
ルールとしては「先に購入した人に購入する権利がある」わけだし、特定の人だけを優先するような対応はせずに、宣言したとおり、14:00に値段を変更するというスタンスを貫くことにした。
そして14:00。
予定通り価格を500円に変更した。
購入したのは最初にコメントしてきた人だった。
私が感じた違和感
最初にコメントしてきた人は、どうしても購入したかったのだろう。
でも、そんなに欲しいなら、14:00の値下げを待たずに、680円で買えばよかったのになと思った。
だって、差額は180円。
ちょっとしたおやつを買うのをやめれば浮くくらいの金額だ。
それなのに、なぜあんなに必死になっていたのだろうか。
なぜ、後から来た人に対して攻撃的になってまで「自分が買う」という流れを守ろうとしたのだろうか。
必死さの正体はどこにあったのか
この現象は、サンクスコスト効果で説明がつくのではないかと思う。
サンクコストとは「すでに支払ってしまったコスト」のことだ。
お金だけでなく、時間、労力、感情、期待なども含まれる。
そして人は、この「すでに支払ったコスト」を無駄にしたくないあまり、合理的ではない選択をしてしまうことがあるのだ。
たとえば、こんな場面。
- ほとんど着ていない服でも、「高かったし」「一度しか着てないし」と思って手放せない。
- 本当はもう買うものがないのに、「あと500円で送料無料になるし」と思って、 必要ない商品を追加してしまう。
- 読み進めたら面白くなかった本でも、「せっかく買ったし」「ここまで読んだんだから」と最後まで読もうとしてしまう。
これらはすべて、サンクコスト効果の典型例だ。
最初にコメントしてくれた人が「すでに支払っていたコスト」は、値下げ交渉をした時間とコメントを考えて打った労力だ。
もし後から来た人に購入されてしまったら、そのサンクコストは回収されないまま終わることになる。
値引き前の680円で購入するのもまた、サンクスコストが回収されないことになる。
だから、どうしても値引き後の価格で購入したくて、後からコメントした人に対して攻撃的になったのかもしれない。
まとめ
私が、メルカリでの値下げ交渉で経験した小さないざこざには、人間の“心のクセ”が表れていたと思う。
サンクコスト効果は、誰もが気づかないうちに何度も繰り返している“人間らしさ”そのものなのではないだろうか。
「ここまでやったのに」
「せっかく時間を使ったのに」
「途中でやめたら損した気がする」
こうした感情は、合理性よりもずっと強く私たちの行動を左右しているように思う。
こうした心理に気づけるようになると、選択の質が少しずつ変わっていくのかもしれない。
それが、より軽やかに生きることに繋がるのではないかと思う。
サンクコスト効果は特別な人だけが陥るものではない。 むしろ、私たち全員が日常の中で何度も経験している“人間のクセ”だ。
「ここまでやったのに」 「せっかく時間を使ったのに」 「途中でやめたら損した気がする」
こうした感情は、合理性よりもずっと強く私たちの行動を左右する。 メルカリの値下げ交渉で起きた出来事は、その縮図のようなものだったのだと思う。
でも、こうした心理に気づけるようになると、 選択の質が少しずつ変わっていく。
これが、私が大切にしている“さとったけい”の考え方にもつながっている。 自分の心の動きを観察し、そこにあるクセや反応を理解すること。 それが、より軽やかに生きるための第一歩になるのだと思う。


