相談したいときに、“具体化フェース”に入る人っていませんか?
まだ方向性を探っている段階で、
「こういうことを考えているんですけど、どう思いますか?」
みたいな、ふわっとした相談をしたいのに、
「実現性はあるの?」
「費用はいくらかかるの?」
「どれくらいの期間が必要?」
「スケジュールは?」
と、実行フェーズの話を詰めてくる。
フェーズのズレが生む「話しづらさ」
こういうとき、なんだか責められているように感じてしまう。
相談は、本来は“方向性を一緒に考えるための会話”のはずだ。
それなのに、相手が勝手にフェーズを進めてしまうと、こちらのペースが一気に奪われる。
話したいことを話せなくなるし、まだアイデア段階だったものが、急に「責任のある案件」みたいな空気に変わってしまう。
その空気の中で、具体化フェーズの詰問をされて答えられないと、まだ曖昧なままの自分が悪いみたいに感じてしまう。
このズレが続くと、その人に相談すること自体が重く感じてくる。
相談する際に、「詰められる覚悟」が必要になってしまう。
そして、相談する側はこう思うようになる。
「相談するのが怖いな」
「また詰められるんだろうな」
「提案したくないな」
つまり、アイデアの芽がつぶれる。
具体化してしまう人の心理
相談の段階なのに具体化してくる人は、“曖昧さへの耐性”が低いのではないかと思う。
「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念がある。
これは、詩人ジョン・キーツが唱えた概念で、
不確実さや疑念が残る状態でも、事実や理屈に飛びつかず、その状態に留まれる力のことだ。
この力が弱い人は、曖昧な状態に長くいられない。
“まだ決めなくていい段階”が落ち着かない。
だから、相談フェーズのふわっとした話を聞くと、その曖昧さが不安を呼び起こしてしまうのかもしれない。
具体化フェーズの詰問をするのは、相手を詰めたいからではなく、自分の不安を減らすための行動なのかもしれない。
あくまで私の想像だが、そういう心理が働いている可能性はあると思う。
まとめ
アイデア段階の相談をしたいのに、具体化フェーズに持っていかれると、アイデアがしぼんでしまう。
でも、相手は責めたいわけじゃなくて、ただ曖昧さに耐えられないだけなのかもしれない。
「ネガティブ・ケイパビリティ」── 不確実さの中に留まる力。
その力が弱い人は、ふわっとした相談の時間が不安になる。
だから、具体化に走る。
曖昧さに留まれるということは、相手の言葉を急いで固めずに受け取れるということだと思う。
それは、相手のペースを尊重するという意味で、“やさしさ”と言えると思う。

