役割を演じ続けて疲れる理由|“鎧”が重荷に変わる心理的プロセス

私は長い間、職場で“ある役割”を演じ続けていた。

それは誰かに明確に求められたわけでも、はっきり言われたわけでもない。
いつのまにか作り上げられた役割だった。

「頼りになる人」 「一目置かれる存在」 「前向きで明るい人」

上司からのコメントもいつも同じだった。

「その前向きさでチームを引っ張ってほしい」 「明るくてバイタリティがある」 「あなたは周りを元気にする存在」

その言葉が、いつのまにか私の代名詞になっていた。 

壊せないイメージを守り続けた日々

周りから見える私は、いつも明るくて、前向きで、頼れる存在。
そのイメージを壊さないように、私はその役割を演じ続けていた。

なぜその役割がうまれたのかは正直わからない。
私がそうありたいと願ったからなのか、まわりが私にそうあってほしいと願ったからなのか、
もしくはその両方なのか…
いずれにしても、私はその役割を守るために、 本来の自分の感情や限界を後回しにしていた。

頼まれた仕事はすぐに終わらせる。
困っている人がいたらすぐに助ける。
いつも明るく振る舞う。
疲れていても、弱音は見せない。

これらは、社会人として普通のことかもしれない。

でも当時の私は、それを自分を犠牲にしてやっていた。
自分の仕事の優先順位を変えてまで、 自分の時間を削ってまで、 自分の気力が尽きていても、 その役割を崩さないようにしていた。

心理学では、こうした状態を 「役割同一化」 と呼ぶことがあるらしい。
“こうあるべき姿”に自分を合わせ続けることで、 本来の自分の感情や限界が見えなくなる状態だ。

私はまさにその状態に近づいていたと思う。

褒められるほど苦しくなる違和感

そして、 何かきっかけがあったわけでもなく、誰かに指摘されたわけでもないが、日々の中で 少しずつ違和感を感じるようになっていった。

上司に褒められるたびに、胸がざわつく。
褒め言葉のはずなのに、どこか苦しい。

その違和感が、蓄積されていった。
そして気づいた。

私は自分の役割を守るために、本来の自分の感情を後回しにしていた。
疲れていても、落ち込んでいても、その役割を崩さないようにしていた。

あの時の自分にこう言いたい。

「役割を演じなくても、あなたは価値があるよ」
「“明るい人”でいなくても、あなたは大丈夫だよ」
「役割よりも、自分の気持ちを優先していいんだよ」
「仮面を外しても、あなたはちゃんと存在しているよ」

役割を演じ続けることは、 誰かに求められたものではなく、 私が自分で作り上げた“鎧”だったのかもしれない。

その鎧は、私を守ってくれた時期もあった。
でも、同時に私を重くしていた。

いろいろな経験が重なって、 ようやくそのことに気づけるようになった。

まとめ

役割を演じ続けることは、決して悪いことではない。
その役割があったからこそ、私は人に頼られたり、 仕事を前に進めたり、周りを支えたりできた時期もあった。

でも、役割は“自分そのもの”ではない。
役割を守るために自分の気持ちを押し込め続けると、いつか心が追いつかなくなる。

本来の自分の感情を置き去りにしてまで続ける役割は、私を守ってくれる鎧ではなく、単なる重たい装備になってしまう。

今ならわかる。

役割を手放しても、自分は消えない。
仮面を外しても、人は離れていかない。

今は、 “役割を演じている自分”ではなく、 “そのままの自分”でいても大丈夫だと、 心から信じられるようになった。

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